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2004.05.08

実名/顕名/匿名の得失

批判/中傷関連のテーマが書きかけのままですが、津村さんの記事を木村剛さんが紹介する形でネタふりされたのをきっかけに、元々書きたかった表題の整理をしてみようと思います。整理といっても思いつくまま特徴を書きつらねているだけですが_o_。そういう意味でほとんどの場合に様々なソースにあたって記事を書かれるお二方には感服します。

(追記)Books by 麻弥~ News Collector ~Old 00000028~で紹介いただいている麻弥さんは「筆名」という用語を使われています。私はこの記事で「顕名」と表記していますが、この用語は「匿名でないもの」位の意味であり、本当は実名も含まれるので、筆名と記すべきだったかな、と思っております_o_。

実名(捨てることのできないアイデンティティ)

  • リアルでの評価に直結する
  • リアルでの評価がネットにフィードバックする(集客力などの面で)
  • 会話相手に安心感を与える
  • 情報の出力に規制がかかってしまう
  • 意見の表明に自制がかかってしまう
  • 追い込まれると黙るか壊れる(キレる)傾向 → いずれにせよあとに響く(ほんとは謝ればいいだけだけど)
  • 様々なレッテル被害を受ける
  • 自分が実名であるが故、匿名者を特にレッテル視する傾向
  • 品性を過剰に問われる
  • (追加)細かい部分まで主張し辛くなる(余計な揚げ足取りを避ける心情)
  • (追加)恥をかくことへの恐れからの労力負担(慎重にならざるをえない傾向)

顕名(いわゆる固定ハンドルと思ってください)

  • ネット上だけでの知名度で、自己顕示欲を満たすことができる
  • 大抵のことは言うことができる
  • 人格を詐称することができる
  • いざという時にリアルのアイデンティティに結びつけることができる
    • ネットのアイデンティティが評価されていたら、それをうまく結びつけることで特定のリアルの交渉ごとを有利にすることができる
    • ネットのアイデンティティそのものに対してオファーが来ることがある
  • いざという時に捨てることができる
    (そのネットでのアイデンティティが捨ててよいアイデンティティであれば)
  • 得体の知れない人というレッテル被害を受ける

匿名(その意見だけ)

とりあえずこんなもんで。書き足したり配置など調整するかもしれませんです(特に匿名の特徴は全然書き足りてないです_o_)。

ま、つまりは顕名というのは最もお得、言い替えれば卑怯な手段かもしれませんね^^;。どの手段にしても実際に得するかどうかは個人の資質次第なんですけどね。生産的なことを何もするつもりがない人にとっては匿名が最もお得でしょう。逆に言うと、実名でネット活動を行おうという場合は、大抵は自分が信じる生産的な何かをやろうとしています。確信犯(※)となる場合もありますが:p
※受け入れられるかどうかはわからないという意味ですね。
根本的には、実名の特徴に挙げたとおり、リアルでの影響力を上げたい場合か、リアルでの影響力を持ち込みたい場合、ということになり、それをやっかむ人がいて、そういう人が実名という行為自体を理由に攻撃するケースも多く、そしてそれは中傷と判断されることも多かったりするんですが。そういうのは感性の違いなんだからいぃじゃなぁ~ぃ?(by 波田陽区…ではないな。残念っ!)とか思う。


あ、自分の立場ですが、私は本名同然です。一応本名は木下信といいます。当初はちょっとした引っかかりがあって(実は今もあるのですが^^;)、ここから自身の web ページへ辿れないようにしたりしていたのですが、そろそろ自ドメイン上にサーバ引っ越しも考えていたりするので、いずれにせよリアルのアイデンティティに結びつくようになります。いくつかの関係者の方にすみませんしないといけない(と思っているだけで実行できていない)ことがあるのですが…^^;
(追記)本名はまぁ、お二方に対する敬意みたいなものとして書きましたが、私個人の感性としては、名を明かすかどうかはどうでもいいと思っています。実名の所に書いた「匿名者を特にレッテル視」することを嫌う立場です。もちろんいわゆる実名派の方が匿名について述べる時、常にレッテル視しているとは思っていないのですが、「匿名」と一般化して語る時に得てして「レッテル視」と読まれてしまうことを危惧はします。もっと言うと、こちらが実名でなければ主張を丸ごと無視するような人は願い下げですので、実名は知りたければ調べれば解る、程度にしか出さないと思います。


さて、今さらこういった整理をしようと思ったきっかけは、実は以前津村さんの記事の中に興味深いことが書かれていたからでして。あまり具体的事象と結びつけられたくないとのことでしたので、場所も特定せず引用ではなく要約にて。

実名と匿名の議論においては、一見互いが誠実に対応していたように見えて、実名側が非を認めざるを得ない場面で突如「匿名が相手だから」という理由を後付けして議論を打ち切ろうとする=実名側が不誠実な対応をすることがある。

という話です。つまり、実名側の方に逃げ道を与えてしまっているから匿名は損である、と。大変興味深いですね。ここで実名側は弱者と考えることができます。そして、この構図は弱者に与えられる権利の濫用に他ならないと思います。

このようなことが実際に起こった場合、ほとんどの場合はそれを見た人は「(実名側が)議論に負けて逃げた」という印象を持つと思うので、現実には実名に有利なことはほとんどないわけですが、そんなことはしていなくても、あとに述べるように中傷やずれた論点を無視しただけで「議論に負けて逃げた」と思ってしまう人も世の中には結構な数いてしまうのが厄介ですね。批判と中傷の区別、あるいは「論点」を見定めることができない人。私は今はそういうのは「勝手に思っておいて」で済ませますけど。

他にも断片的に気になっていることはたくさんあるのですが、まだ整理はつけていないです。整理とは分析という意味であり、自分のスタンスは既にある程度明確ですが。

さて、木村さんの記事やそのトラックバック、および津村さんの記事群を読み返した中でいくつか気になる箇所を挙げてみます。

以前、とあるメーリングリストで、実名で発言している人の本業での仕事ぶりや人間関係などの誹謗中傷を、匿名で発言し続けた人がいました。そんなとき、実名発言している人がどんなに理路整然とやりとりしても、絶対に負ける。

注:実際の引用元はハンドルネームと匿名。ネットではどちらという所だそうです。

「負ける」ということにはならないと思うんですよね。私は論点と無関係な所をつつかれても議論には影響しないと考える人です。どちらかというとそういうことを言い出した人たちのダメさ加減が浮き彫りになる。ただ、匿名の場合、「言い出した人」を人とみなすことが困難であるケースがあるわけですが、言われた「実名の人」の評価や議論の有利不利に影響があるわけではない。本来は…。

問題はこれを「負ける」と思ってしまう、あるいはこれで「勝った」と思ってしまう人々にあるように思うわけです。大きな声(※)しか見ない人々。

※嘘でもインパクトのある内容、とかのことです。マスメディアが得意ですね:p。マスメディアに流されるタイプの人々、と言い変えることもできるわけだ。

問題だけれど解消はし得ない問題ですけどね。せめて啓蒙はしていきたいものです。

匿名性というセーフティネットの中で許される言論の自由とは如何なるものであるべきなのか、あるいは、匿名の方はコミュニティを壊す権利を持っているのか

他の方も突っ込まれていますが、「権利」はないですね。あるいはその行為も権利であるとするなら、「権利」と「権利の侵害」は表裏一体ってことで、コミュニティを継続する権利を侵害する権利は認められない、と。

権利と自由の違いって何だっけ?と思ったけど、あんまり明確に違いを定義している所が見つからない…。こんな感じですかねぇ。

両者の違いは何かと聞かれたら、どう答えるだろうか。なにか気づくことはないだろうか。そう、自由の方が権利より人間の内側というか身近というか根源的というか、とにかく空気のように必要なものだ。何かを考えることを強制されたり、何かを表現することを制限されたり、神や仏を信じることを強いられるはたまらない。こんな当たり前のことが「自由」として憲法に保障されているのだ。

私的には「自由は与えられなくとも存在するもの、権利は他者に認められて存在するもの」といったニュアンスを感じます。ただし、自由は当たり前に存在しても、その結果責任は付きまとう、と。

権利と自由関連でもう一つ。

「勿論、自分の下した判断に対する責任は自分で取る。しかし、与えた命令を正確に遂行する責任は相手にある。」ですが、この言い方は筋が通りません。自分自身の取る責任には自由が伴っています。ですが、命令された相手は一方的に責任ばかりを負わされています。これは命令者の単なる我が儘です。

ふむふむ、我流「自己責任の原則」はこれですな^^;。話が与太ってきたけど、部下に自由を与える責任者って大変ねぇ^^;;。でも、それこそが組織をうまく回らせる秘結だったりするからこれまた大変。

ちょっと戻して、「自由に付いてくる責任」を放棄する手段として匿名が利用されるのは確かなわけですが、匿名の公益を再度考えてみると、「発言に責任を持つほど思考/言語を駆使する余裕/能力が無いが、感じたことを表明したい」人は多数存在します。そういう人たちに権利を与えた。そしてそういう「一部の強者以外の意見」を見ることができるようになった。告発可能性/現場の声といった話ももちろんありますが、これは今回の問題とは関連しないので置いておいて。「思考/言語を駆使する余裕/能力が無い」人はそれができる人と比較すれば「弱者」ですね。さぁ、またでてきましたね。「弱者に与えられる権利の濫用」が。このテーマ、muse-A-muse:儀礼的無関心と「ウザイ」の幼稚性の記事で見て注目していたのですが、その後、圏外からのひとこと(2004-04-21):弱者の特権を権力として濫用する者として記されているのを見て(議論沸騰してますね^^;)、好んでこの表現を使ってます_o_。私的定義としては「弱者への同情や救済を悪用する行為」ですかね。

実名=弱者
実名でものを言えるほど議論に達者でない人=弱者
匿名=強者

ですか。自分は議論も文章も達者でない人で、弱者と思っていますが、特権を過剰に使いたいとは思わないし、自分以上に弱者に相当する人もいっぱいいるだろうと思っています。

いやぁ、書いてるうちに(いつものように-_-)論旨がぐちゃぐちゃになってきた^^;。この辺にしとこ…。

ところで、人に何かを伝えたいという場合、伝わりやすさの尺度の一つとして自身のプライバシーをどれだけだしているか?というのは絶対的に存在します。津村さんがテーマにされているのはそのあたりですかね。その話題はまた別途触れたいところです。

(追記)

自分の主張を全て知ってないと反論すべきではない、ということになっているらしい。

あちらのコメントにも書いたんですが(向こうでは向こうの場に合わせた書き方にしてた)、トラックバックが来ていたことに気づいたので追記&トラックバックを。
この記事では純粋に匿名/顕名/実名をテーマにしているので言及しませんでしたが、元の木村さんの記事にある上記のような主張は、確かに受け入れがたいです。私は「匿名」をテーマにしたネタ振り記事だと勝手に解釈していたので例示の部分は度外視してましたが、切込隊長さんの言うような「中傷ではなく批判として妥当である」という部分は本来最も重視すべきと思っています。ただ、木村さんが例示された匿名コメントは、それだけから根拠が読み取れない多数の人にとっては中傷にしか見えませんので、木村さんの「事実を踏まえた上で主張してもらいたい」という主張を一方的に非難は出来ないですね。「なぜありもしないネタと思うのですか?」という言い方ができればベストと思いますが、匿名者、且つ他人のコメント欄の発言を相手にそれを述べるのもやりにくい気もしますからねぇ。

さて、私は木村さんの記事を「匿名」をテーマにした記事である、と解釈したので、その観点に立つと、引用した記事中で述べれられていることは、そのテーマから外れた論点である、ともいえます(別途話題にして欲しいとは思いますが)。そうすると、今回の隊長(と書く方がやっぱ楽だな^^;)のツッコミは今回のテーマとしては「無視」され得るツッコミだなぁ、と思うわけです。

ある人が話したいと思っている論点に紐付けて自分の言いたい論点を述べるのは相手に逃げ道を与える結果になりやすい、と思ったりする。
(追記)コメントに書いた件も踏まえてさらに。主張の枝葉とはいえ他人に失礼な行為をしたことを指摘された場合、当然それに責任を持って対応する必要があるでしょうね。ただし私は今回の場合は、元の匿名者は根拠を示さず、しかも木村さん本人に向けずに言っており、その点について批判することは一方的失礼にあたらないと思います。

それはそうと、長文が嫌いそうな(と勝手に思っている)隊長がこの記事を読んでトラックバックしたというのがある意味すごい。読んではいないかもだけど^^;。

(追記)どうも木村さんへのトラックバック記事群の中には、「批判/中傷」を区別なく「自分の意見への反論」とみなして「過剰反応」と述べたりする論調が散見される気がします。批判なのか中傷なのか、言い換えると上述したように「根拠があるのかないのか」は最も重要視しなければならないです。批判と中傷をいっしょくたにしてその対応を語ることはできません。また、批判であるか中傷であるかは発信者が決めることではありません。そして、今回例示された匿名の方による発信は「中傷」でしょう。隊長による補足により「批判」足り得ましたが。

また、木村さんや津村さんは論点において「中傷」を前提にしています。そのことが伝わらなければミスリードになりがちなわけですが。自分の記事もどう読まれてるもんだか^^;。まぁ木村さんの例示された「中傷」が匿名ゆえに起こったことではないことは明らかではありますが、元々津村さんが述べているのは、主張と無関係なはずの「相手が実名であるが故の先入観」「相手が匿名であるが故の先入観」が会話/議論に与える影響についてです。木村さんが本筋からずれた具体例を出してしまった結果なんですかねぇ…。元のテーマには影響しないのに。こうやって「細かい部分まで主張し辛くなる」わけですね。

おっと、今見たら木村さんの新しい記事が。
週刊!木村剛: ご批判はできれば直接私に対してお願いしたい
そうですね。あの例示は木村さんを中傷しつつ、結局は中島さんが好きでやっている行為を他人への中傷でもって非難しているようなもので、それを問題視するのは当然ですね。この点は津村さんもそういった主張をされていましたし。「匿名」であるかはあまり関係が無いですけど^^;。

木村さんの論理展開に関して疑問視する声などもあるようで、今回のテーマと例の結びつけ方などはまさにそういうことになってしまったように思いますが、木村さんは誠実ですね。論理展開云々は「人は間違えるもの」なんだからそんなことはあって当然。指摘を受けてどう対応するかが重要ですね。

「あんな行為はカッコわるい」という世論を再確認する機会として利用なさったのではないか。

あぁ、ツッコマブルな記事に仕立てあげたわけですね。まさしく^^;。「匿名」への強引な結びつけに関しては狙ってるともとれますね~。:) それでも、「自著を読んでから批判」の部分はちょっと穴になってしまったなとは思いますけど、全体としては些細なことですねぇ。

(追記)
週刊!木村剛: モノ書きの老婆心:「匿名性」を護るために
あぁ、これは素晴らしい文章。連続した記事群としてみると論点がずらされたように見えますが、この記事単体はツッコミどころがないです^^;。木村さんの論点は最初からここにあったのかもしれませんが、元の記事からは少々読み取りにくかったですね^^;。
要約すると、「匿名だから中傷したって逃げられるという幻想」に関する話なわけで、これは私も含めて思っている/主張されている方もたくさんいらっしゃったのですが、これほど説得力のある、別の言い方をすると心に響く文章は見たことがないです。きっと話題になりますね。

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Comments

あ・そうか..

むしろこっちのテーマにかかってきましたか...
(匿名の優位性 ⇒ 条件的には強者としての匿名(っつーか、匿名できちんとしたギロンを吹っかける人間は、ハタからみると正当性を有しているように見える) ⇒(ひるがえった形での)弱者の権利(affrimative action的な?、「匿名は逃げる」、と))

・・む?
...なんかこんがらがってきましたが...(^^;)

この場合、

匿名=強者
実名=弱者

なんでしょうか?


ぼくの場合はどうしても、<匿名のやつはすぐに逃げれる状態だからヒキョーなんだよ>、って感じの見方が一般的に優先される感じがするので、
匿名のほうが状態としては「弱者」にあたるような気がするのですが...

んで、そういう匿名性における「弱者」の特権を逆に利用しているから「強者」ってことでしょうか?


Posted by: m_um_u | 2004.05.09 at 01:58 AM

ふむふむ。強者/弱者ってのも見方(コンテキスト)次第でころころ変わるので確かにこんがらがりますね。どっちが「濫用」してるんだ?という議論を始めるといかにも平行線になりそう^^;。私は私なりの主観で強者/弱者を定義付けしているに過ぎないと思います。

現実的な立ち位置としては、津村さんがおっしゃるような、「実名対匿名で議論はしない」というスタンスを貫くことなんでしょうね。お互いにいつ「濫用」し始めるかという疑念を持って挑むくらいなら、と。

でも私はそうはしたくない。匿名の人とも議論ができると思っている。
これって、批判と中傷の区別を明確にするルールがどれだけ共通認識化されているか?というあたりが鍵でないかなと思っていて、その辺も書きかけのテーマで触れたい所ではあります。

# とかいって、自分が何らかの解を出せるとも今のところ思っていないですけどね。もともと自分の思考を文章化したいだけなので_o_。

「匿名は蔑視されているから弱者」という考え方、それもありかなと思いました。今回の私的弱者定義としては「当人が抱えるリスク」を重視してますねー。

Posted by: Shin | 2004.05.09 at 02:22 AM

 もちろん全部読みましたよ。

Posted by: 切込隊長 | 2004.05.09 at 10:04 AM

あはは。ありがとうございますぅ。

Posted by: Shin | 2004.05.09 at 10:28 AM

ちょい補足。
>私は論点と無関係な所をつつかれても議論には影響しないと考える人です。どちらかというとそういうことを言い出した人たちのダメさ加減が浮き彫りになる。

テーマに含まれる共通項を含ませて異なる論点で正論を述べる行為(詭弁)を駆使する人がいます。匿名とは無関係に。
誰もその正論の部分に反論はしていないのに、まるでその点に反論されているかのように振る舞うのですね。そして、相手の論点が何かを決して理解しようとはしない。理解してしまうと反論が出来ないからです。
こういう行為もやはり元の論点に影響は与えないし、やはりそのような行為をする人のダメさ加減が浮き彫りになるはずなのですが、ダメさを理解できない人も結構な数存在しますね。こういう詭弁が達者な人は、
http://shin.txt-nifty.com/philosophical/2004/04/post_4.html
このあたりに書いた「ウザイとしか評価できない人々」をうまく誘導するテクニックも持ち合わせていたりするのです。なぜなら正論しか言わないから。
このパターンに対する対応は批判に対する対応のテーマにていつしか。

>「発言に責任を持つほど思考/言語を駆使する余裕/能力が無いが、感じたことを表明したい」人は多数存在します。

こちらは、正確には「人」というよりテーマ毎に立場が変わりますね。私だって裏づけが無いけど感想をしゃべりたければ匿名がよいと思います。これは上に挙げたリンク先にも書いた通りです。

Posted by: Shin | 2004.05.10 at 02:06 AM

>そして、相手の論点が何かを決して理解しようとはしない。理解してしまうと反論が出来ないからです。

これ、最初にツッコム(議論に参加する)時点で慎重でなければいけないですね。A に B がツッコム際、もともとの A の論点には興味がなく、そこで触れられている内容が与える影響などについて問題視した指摘というのは、得てして A に無視されがち/逃げられがち、という話なわけですが、見方を変えれば B が A の論点を理解しようとしない、という問題になってしまうこともあります。

B が A の論点を理解した上で別の問題として突っ込もうとしているのか、あるいは A の論点を理解せず(曲解して)突っ込もうとしているのか。これが詭弁であるか否かの境界な訳ですが、B の振る舞い次第で実際の B の理解度に関らず A 及び傍観者に詭弁と判断されてしまう危険。先の隊長の指摘に関するコメントで述べた点ですが。きっかけがそこにあるだけに厄介ですが、マナーとしては B はその議論中に口をはさむべきではないのでしょうね。
A はというと「それはそれで問題だ/私の非は認める/反論するが、今話しているのはその話ではないので別途としてください」ときちんと対応するのが誠実な態度と思う。

Posted by: Shin | 2004.05.11 at 01:18 PM

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