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2004.05.30

流離わないギター侍…

昨日のエンタで波田陽区に娘がどハマリしたので即興で娘に向かって歌ってあげる日々。

わ・た・しっ、○○ちゃんです。△△△△○○と、申します。
私いつも、指差して、お・な・ら、う・ん・ち、お○んち

……って……言うじゃなぁぃ?

アンタ、それ、保育園で教わること間違ってますから!!残念っ!!

「残念なのはお父さん」斬り!!! -_-

…娘、大喜び…T_T。

ネタの程度も似せたつもり:p

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外して買おう

ダービーくらいは予想でも貼ってみるかな、と。

◎キングカメハメハ
○ダイワメジャー
▲コスモバルク

…こんなもんか…多分変なのが絡んで中荒れだろうけど。
というわけで、ダービーは特によく当たらないレースなので、おそらく消し馬券~。

興味あるのは、アドマイヤビッグ、コスモサンビームといったところか…。
全然真剣に見てないけど。
んじゃっ。

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2004.05.25

携帯での認証の特化処理

はてなアンテナをプライベートモードでご利用の方で、携帯端末からアンテナをご覧頂く場合に、閲覧用のパスワードを設定頂いておりますが、このパスワードが「リンク元」として送信されるために、はてなダイアリーのリンク元表示でアンテナ用パスワードが閲覧可能となる問題がございました。
現在この問題は修正されておりますが(以降略)

あぁ、ありがち。

やってしまっていたのですね、GET でのパスワード送信。
携帯の場合、cookie が使えるとは限らないので、認証済み状態を維持した bookmark を可能にしようと思うと、このような設計になりがちです。この方式なら機種を選ばずうまくいきますもんねぇ。

でもやっぱり URL にパスワードをくっつけちゃだめ~。漏れ漏れです。
携帯だから一見 URL が見えにくいように思えるかもしれませんが、漏れ漏れです。

かといって機種を見て方式を変えるのもなんだかなぁ、ではあります。

今回の場合はアンテナというページ構成の特徴からして、リンクを全部リダイレクタ経由にするという手が考えられますが、プライベートモードの時だけそうするのもやっぱりなんだかなぁという気もします。
あぁ、でもプライベートモードのアンテナ URL が referrer で飛んでも嬉しくないからやっぱりプライベートモードの時だけリダイレクタ経由という方法でもいいか…。どうやって対処されたのかはしらないですけど^^;。

cookie の使えない機種は見捨てるという手もあり。端末IDが見れるやつとかはそれも可だけど…それって結局機種を見て方式を変えてるってことやん^^;。

まぁ、何にせよ URL に秘密情報を含ませてはいけませんってことで~。

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2004.05.24

MyClip した記事 ~2004.05.22

今までに MyClip で clip した記事の一覧です。ニュースではなく、普遍的に価値あると考えられるものを主に clip しているので、消えたら困るということで転載して残しておきます。過去の clip はこちらです。

■05/22 日本の借金時計
わーぃ。増える増える〜。
ネタ元は ring さん
■05/22 拙文が批判された件ついて
コメントの議論が有意義。
コメントしたいが時間が無い…-_-。>といいつつ結局記事書いてみたり…。
■05/20 石井典彦先生の命を守る会
すごい。もう4000万円。あと少し〜。
やっぱり熱意は伝わります^^/。
http://sechiyama.seesaa.net/article/99154.html
■05/19 信用できる人、信用できない人
人に話を聞いて欲しいなら、普段から信用を得る技術を身につけねばですね、ということを淡々と語られています。:)
■05/19 「BBSが荒れる」とは
自分の理想のコミュニティにできた/なった=ある種の人を排除したに過ぎないってことですね〜。コミュニティの文化が変化しただけであり、それははたして改善なのか?ってことで。
■05/17 言葉の値段
面白いっす^^/。
■05/16 鼻血の正しい止め方
嫁さんが困っていたので^^;。
■05/15 Winny 開発者逮捕 (1)
ものすごく興味深いです。なぜテレビが見れているのか?コンテンツのクオリティが下がったと嘆く人は特に必見。鳥と卵ではありますが。
■05/14 ブログはキャズム(ハイテクの落とし穴)を越えてブレイクするのか?
現在はキャズムは越えたといえるでしょうけれど、この構造はマーケティングを知る上で欠かせない。
■05/13 フォント表示サンプル
無難な CSS への参考として…てか、フォントのことを考えなくてすむようにならんのか…-_-
■05/13 陰謀論との付き合い方   ヤサシイ(?)サヨクの杞憂曲
陰謀論の定義に注目〜。賢いやつがいくら賢かったとしても、世界をコントロールすることはできませんってことで。
■05/13 モノ書きの老婆心:「匿名性」を護るために
「匿名だから中傷したって逃げられるという幻想」をたいへん解りやすく説明されています。また、その幻想が匿名のよさまで殺してしまうということも。
■05/12 世界最速の光ファイバー量子暗号通信に成功
すげー、としか^^;。特に光子一個を1bit ってところが。ついに平文と同サイズの使い捨て鍵を使った暗号が。
■05/12 近距離で自殺を目撃
こんなことも blog だからこそ…。
■05/10 賢い質問のしかた
ここと一緒に読んでみるとか:p
http://www.geocities.co.jp/SiliconValley/5656/
■05/09 死ぬかと思った
ネタ元はバカぽんさん。
>http://bakapon.way-nifty.com/kimaden/2004/05/post_25.html
■04/28 css.maxdesign.com.au
CSS の応用例ならここ、って感じ。ことのはさんより。
■04/23 NGOとかNPOとかボランティアとか。
続く第15回までいくと「正義とは何?」という話になってしまうけれど、とにもかくにも知っておいて損はない話。「弱者の特権の濫用」或いは「確信犯」というキーワードにも絡みそう。
■04/23 強みの強化は弱みの補強に勝る
自分達に足りないものは?ではなく自分達には何ができる?ということ。

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2004.05.22

Winny はレアな電子コンテンツの保存に役立ったのか?

あぁ、あんまり考えてない…ただ数日前に書きかけたしちょっとだけ言いたかったので無責任に出してみるだけです_o_。あんまりにもピント外れだったら叩くなり無視するなりしてくださいってことで。

切込隊長BLOG ~俺様キングダム: パブリックP2P

にて、レアな(たとえば廃版になった)コンテンツを入手する手段となった、という Winny その他の P2P ものの功が主張されています。当初から P2P に期待されていた点の一つであり、その効果はなかったわけではないと思う、あるいは再販制度などが整備されていない現状においては少なくない効果があったと言えると思うのですが、しかしそれでも事実としてはそんなことは(あまり)無いのではないかと思ったりします。少なくとも Winny がその視点における最適解ではなかった、と。
こう思う根拠としては、既に指摘されている、Winny などの P2P ものの検索性の悪さです。

レアな情報がほしいと言ってもレアなら何でもいいわけではないので、ここでは隊長が例に挙げているように欲しいものが既に分かっているケースで、且つ一度でも public な状態にあったコンテンツに限定してみます。というか、そうでないものは P2P 以外の手段の方が見つかるように思いますし。Winny だとそのタイトルなりを入力して待っていれば、どこかのノードで公開されていることが分かればそれが入手できるんでしょう。実は昔一度試しに起動してみただけなので詳しくは知らないんだけど-_-。

さて、本当に欲しかったものが見つかるでしょうか?隊長は見つかったそうです。よかった。でも、隊長の例にあるくらいのレア度になると、実は放流されている可能性はかなり低いのではないかと推測します。そもそも放流されていない可能性もある上に、たとえどこかに存在したとしても、query がそこに到達しない可能性も高いのではないかと思います。query は winny ネットワーク上のすべてのノードに届くようになっているのでしょうか?おそらく数10ホップで query は消滅するはずです。というあたりの実態について、実はだれか教えてくれたら嬉しい^^;。


ここまでは数日前に書いたんですが、この後、
切込隊長BLOG ~俺様キングダム: 拙文が批判された件ついて
という記事のコメント中に(111さんによる)興味深いご意見が出てきています。
さっとしか読めてないので全体の要約が難しいのですが、「どんなにレアであろうとも著作物はもともと著作者のものなんだから、著作者の意向を無視してユーザ同士だけでやりとりしてんなよ」ってなことです。要約しちゃうと当たり前に見えるな^^;。隊長の「賞味期限が終わったコンテンツは、書籍同様パブリックになるべき」と共に(一見相反するように見えるかもしれないが)共感できるわけです。

念のために書くと、前者はユーザに著作者の意向を無視するなと言っていて、後者は著作者にできるだけ著作をパブリックに、と言っています。

111さんは主張の中で「中間詐取者」にあたる人たちの役割についても説明されています。中間詐取者を単に擁護できるわけでもありませんが単に叩くこともできないことが解ると思いますので、長いですけど一読の価値ありと思います。

あと、関連して興味深いと思ったのは前者記事の296さんの「そもそも創作ってのは基本的に作ったら赤字になるのは世の常だろう。その赤字から物事が始まる。」という節。そうですね…。

47氏逮捕事件がきっかけとなって、なんだかんだ言って話題がいい方向に向かって行っていることを感じます。私も話題がうやむやに収束しないようにするために、とりあえずたまに話題にしようかなって気になってるし。

ところで後者記事本体を読んで、隊長って実は議論が得意というわけではないのかもなぁ、とか思ったり^^;。ここでの「議論」は相手の言わんとすることを正確に把握するという面倒な作業という意味だけど。今回のおいらの記事は単なる表面上の感想~_o_。

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2004.05.20

blog は知人と一緒に始めることをお薦めする

ゆるネタ。blog 初心者というか、blog を始めるかどうか迷っている方向け記事です。weblog = web 上の log ってことでここでは web 日記も含まれます。
web 日記を長続きさせる一般的なコツは、なんといってもリピーターの存在です。独り言を3ヶ月続けられる人はほとんどいません。ちょっと面白いことが書ける方は、割と早くから bookmark して購読してくださる方が現れたりもしますが、そういった方の存在を実感できないでいると、結局著者にとっては独り言と同じなわけです。

今時の web 日記ツールはコメント機能が大抵あるので、「読者」の存在を実感しやすいのですが、大抵の人はWeb では共感を探しているのであってコミュニケーションを探しているのではないわけで、読者だからといってコメントを付けてくれるわけではありません。

コメントなどの直接的な反応がなくても「見てくれている」と実感できる人は良いのですが、そうでない方がいわゆる三日坊主型にはまりやすい方ではないかと思います。

そして、記事内容が割と普通の日記系でも始めた当初からスムーズに続く気配を持っている blog/日記の比較的多くには特徴があります。blog/日記を始める以前からの知人を最初から固定読者として引き込んでいることです。

日本に特有かどうかは解りませんが、blog 上での「初めまして」コメントから始まるコミュニケーションは、実は blog を継続するモチベーションとしては弱いと思っています。それと比較すると、既に気心の知れた知人からのツッコミは、新たなネタを出してやろうというモチベーションに強く作用を及ぼす、とも。

その知人と同時に始めていたりすると、お互いに対する刺激が相乗効果となってさらに続け易くなりますよ~。

続ける自信がないという方、どうぞお友達と一緒に始めましょう~。と、言ってみるテスト。
あ、別に全然始めなきゃいけない必然性なんて無いんですが^^;。始めてみたいと思っているのに不安という方は、是非参考にしてみてくださいませってことで。

この場合に当然懸念されるのは、激しく馴れ合いの場になってしまっていると「初めまして」という反応が減ってしまう可能性ですが、あまりにも内輪過ぎるネタばかりでない限りは割と興味を持って見てくれる人はいますし、逆に気楽にコメントしていいんだという気にさせるという効果もあるので、あまり気にしなくてよいと思います。

さて、私はと言うと…こちらで書いたようにココログオープンを契機に二人ほど同時期に始めた知人がいます。インターポットでの知人だったわけですが。ネタと文章力/人柄の性質上^^;;、私のところにはさしてコメント付かないですが、知人のところは賑やかで楽しげですし、なんといっても私も含めて予想以上に続いています^^;。

(追記)リンク元より。

なるほど。となると mixi は丁度良いのかな。


おぉ、そういえば巷の social network うんたらは必然的にそうなるわけだからそういう面ではいいですねぇ。

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責任を取らない人からはいずれ自由が剥奪される

あぁ、こういう言い方した方が説得力ありそうね~。
参考:自由には必ず責任伴う

こちらを見て、ふとこの言い方の方がいいかな、などと思ったのです。先にも書いたとおり、「自由」ってのは「不条理な規制/強制からの脱却」なわけで、それができるのは規制されずとも、自ら責任を持つことができる、すなわち自己責任だからこそ。「これこれの自由が迫害されている」と声高に叫ぶ人の中には少なからず、迫害されるに足りる無責任があった可能性を無視している。
自由だけを求めていると、どこからとも無く大きな圧力が迫ってくるってことね~。

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2004.05.17

今後は P2P より分散キャッシュサーバでしょ、そして低額課金+寄付

高木さんも Winny と産業音楽に関して言及。特に音楽は文化というより洗脳/中毒である、というご意見に目から鱗です^^;。

Winny のようなソフトウェアを作成すれば逮捕されます
で、ちらっと触れた内容ですが、違法性のあるファイルが多数存在したからこそ普及した、つまり人々が Winny に強い魅力を感じたわけで、合法なファイルしか流れないようにしていた場合、そもそも普及しなかったんじゃないか?と思っているわけですが、高木さんはその点について、P2P はネットワーク負荷を増大するわりには検索性が悪く不安定で、目的のものを入手するのに時間がかかるといった面も同時に指摘されています。

コンテンツ管理の面から言っても頒布の面から言っても、結局安定した一ヶ所からの供給の方がよいだろう、と今は思っています。先の記事ではコンテンツは P2P で配布し、試聴のために必要なキーに相当するものを特定サーバから得れば?と深く考えずに書いたりもしましたが、配布元の証明には使えても(これ特許ネタ^^;)違法コピーを防いだり流通革命を起こせるような策とはならないなぁと思いつつでした。今回が深く考えてるかというと、やはり書きなぐりではありますが^^;。

流通に関しては、欲しいものが解っている場合、Winny で検索して一晩待って入手するよりも、明確な供給元から高速な回線を経由してダウンロードするほうが圧倒的に速いですから。

そのようなわけで、今後は Akamai の様な分散キャッシュサーバこそ最も利用者の利便に合致し、推進されるのではないかと思います。分散したキャッシュサーバ同士のミラーリングにこそ Winny のような P2P 技術が使われればよいと。これはファイル配布に限定しています。私的ファイル交換やメッセージングのようなローカルなものは別と考えています。

実際、ベンダーのサイトから合法に楽曲などをダウンロードする場合は、現状でもそうなっていますもんね。

なぜそれを全員が利用せず、違法な方法に固執するのかと言えば、人によって違いますが(そしてそれが問題なのですが)、大まかには「楽曲がそれ自身の価値と比較して高過ぎる」「とにかくただで手に入る手段があるならそっち」の二つであろうと思います。そして後者が前者の意図を掻き消すわけです。

そうすると、直感的には正当な入手方法の障壁をめいいっぱい下げれば、皆が正当な入手方法を利用するようになりそうです。違法利用が掻き消されるほどに正当な利用、別の言い方をすればコンテンツ提供者側への感謝が示されるようになれば、47氏の思惑も達成されるでしょうし。そのためにはどうすればいいか。

無料にして寄付(感謝料/投げ銭)を募ればいいんじゃないか?というのが 47氏の考え方であり、幾人かがいろいろな分野で実践している方式です。純粋なシェアウェア(支払を強制しないもの)ですね。

しかし、こちらでも言われているような MovableType 3.0 への動きなども見て解るように、結局感謝料はコンテンツの価値に見合うほども集まらないケースがほとんどです。これは利用者のモラル次第であり、コンテンツの種類によってはこのモデルで成功しているものももちろんありますが、払おうという気にさせるのが難しいことを感じさせます。小額課金のシステム自体がまだ本当に簡便な方法が認知されていないことも大きいとは思いますが。@Pay や PayPal など決済の手間が少ないシステムはいろいろありますが、これらのサービスを利用することとのコスト対効果でコンテンツ提供者側としてはいまだ導入に躊躇している段階ではないかと思います。

だからといって、MovableType 3.0 のように急に1万円以上というのも微妙な所ですよね。

ここはなんとか簡便な小額課金システムが普及して、コンテンツ購入は100-1000円程度でできるようにし、それに加えて寄付金を募る形態が落とし所にならないだろうか?と妄想したりします。

これらのシステムができた所で違法コピーが無くなるわけではないのですが、違法コピーの取り締まりはきっちり継続することで、数百円払うか逮捕されるか、という価値判断を問うこととなり、おそらく充分な抑止力として働くように思います。やはり問題は小額課金システムが年齢を問わずに簡便に利用できるようになるかどうか、現金での決済と同様に匿名で支払うことができるか?といったところにありそうです。

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2004.05.16

ヒロシです…

東京では、デスマーチという言葉は通常勤務のことを言うらしいとです。

ヒロシです。

俺や波田陽区は、ネットでしか流行らないとです。

ヒロシです。ヒロシです…。

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2004.05.15

例の観覧車より

かぞくさーびすちぅ040515_1524.jpg

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インターネット知:文脈が読み取れなくなる人々

川俣晶さんの日記より。

インターネット上で、文脈(コンテキスト)をロストしているように見える論客の横行。
 一例: Winny事件に関して、包丁が人を殺せるからと言って規制するのはおかしい、というような文脈をロストした主張があちこちに見られる。

そぅそぅ。これが

議論の流れで不当に不利な状況になるケースでは、ほとんどの場合「味方が敵」になっている

の原因の一つ。もう一つは、相手へのレッテル、根本は同じかもしれないですけど^^;。

インターネット知という問題
 インターネット上の情報のみに依存する知の在り方を「インターネット知」と呼ぶなら、これには構造的な欠陥があるのではないか?
 また、多くの人達が、その欠陥にはまりこんでいるのではないか?

欠陥に対する無自覚性はどこにあるのか
 もし、欠陥が本当にあるとすると、多くの論客がその欠陥に無自覚であるのはなぜか?

あぅ、全文読んで欲しいので、是非リンク先へ行ってください。

リンクを飛び回ってかき集めた情報のまとまりに文脈はない。
そして、
文脈は自分で作り出すしかなく、それを正しく行える人は少ない。
と、思っております。

blog を飛び回ってると一層促進されそうな気が…。
本を読めば身に付くかしらん~。書籍だって文脈が飛びまくってるのは多いので気をつけねばですけどね^^;。


文脈病―ラカン・ベイトソン・マトゥラーナ
斎藤 環



おすすめ平均
立派
を平易な言葉で語る聡明さ
」がこのように精緻に語られたことの驚き

Amazonで詳しく見る4791758714
アソシエイトリンクにするのはちと気が引けますが、実験してみたかったもので^^;。

(追記)
インターネット知の欠陥というアイデアに関するメモ Version2
ってなわけで、「インターネット知」と「文脈病」は直結しているわけではない、との補足/ご指摘ありです。
私は斎藤環さん定義の「文脈病」を正確に把握しているわけではないので、この記事は煽りタイトルですが、「コンテキストと情報量は相容れない互いに反するもの」という部分は十分にこのケースにも当てはまっていると思いますよん。でもまぁ私も斎藤環さんの文脈を無視(よく知らず)して一部を抜き出し、強調したのはあまり良くないなぁ、と思いつつでしたが…。それはともかく、Version2 にて書き足された各文もそれぞれ頭に入れておく価値ありありと思います~。

あぁ、でも「インターネットのせいで文脈が読み取れなくなる病を文脈病と呼ぶそうです」というタイトルは確かに明らかに誤った誘導という気がしてきた…-_-。うーん、どういうタイトルにするのがいいかな…。とりあえずいくらか無難なタイトルに修正してみます^^;。

あと、自分が川俣さんの文章を読んだ上でのインターネット知、あるいは情報量増加戦略の定義の解釈を書いておきます。

これに陥った論客は、いろんな所から情報ソースを引っ張ってきて相手の説得を試みますが、それぞれのソースはそれぞれ異なるコンテキストを持っているのにそれを鑑みずに論じてしまうため、議論自体が対象としているコンテキストからずれた情報に基づく主張の比率が上がっていってしまい、詭弁と化す現象、と考えています。

インターネットだから特別に起こりやすいというわけではないと思っていますが、「インターネットだから」と言うとインパクトがある上、容易に想像しやすいことから興味深い主張であると思っています。

「インターネット知」は、「インターネットに限るわけではないが、インターネットのように細切れでばらばらの文脈を持つ情報群から自分に都合の良い情報だけを抜き出して持論に上乗せするような知識の持ち方」と定義することができそうに思います。

さらに一般化してしまうと、この辺の「情報の結びつけ方の正当性」というのは、「連想」が本質的に持っている問題であるようにも思います。これを解決/改善するために、何をすればいいでしょうねぇ…。
追記の文量が多くなったので、勝手ながら Version2 の方にもトラックバックを送りますー。タイトルも変えたし^^;;。

参考(自分の考えの補足):
Winny のようなソフトウェアを作成すれば逮捕されます
正当と不当

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2004.05.13

執筆予告をするもんじゃない

思い浮かぶネタは多々あれど、書いてる暇は無いはずなのに…ゆるいネタで。blog やってると「その件は今度書きます」とつい書いてしまうことがあると思いますが、それが実施されることは実は希です^^;。なぜなら「その件」について考えるのが億劫な時にでてくる言葉だからです。

なので、「今度書く」「いつか書く」というのは言わないほうが得策だったりします。

「いつか書きたいと思います」なら「思ってるだけで書く気は無いのね」というのが伝わるので、私はそういう表現にしようと心がけてみたり。過去に渡ってそうしてきたかは記憶が定かでないですが^^;。

ちなみに、私はそれでも言ったことに責任を持ちたいとは思っているので、上のように書いたテーマについてはちゃんと考えを認めるようにはしています。実際、予告したテーマはそこそこ書いてきていますし。おぉ、したためるってこう書くのね。漢字で書くと「用意する」といった意味より他の意味に読めそう^^;。

でも、忘れちゃってることも多々あるし、忘れてなくても、自分で「許して」という気分になってることもやはりあります。

ま、ここで改めて言わなくても、読む側もこの手の予告が守られなかったからといって糾弾するような人はほとんどいないでしょうけどね^^;。

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印刷時に読みやすくしよう

印刷した場合に多少なりとも読みやすくしようと思い立ち、昨日、以下を参考に少しだけ調整しました。
CSS: 印刷用スタイルシートのススメ

具体的にはサイドバーとコメントフォームを非表示にし、フォントサイズを 10pt 固定の明朝体にしたくらいです。
こんな感じにしました。

@media screen {
    body {
        font-size: small;
    }
    .s {
        color: #669966;
        font-size: x-small;
    }
}
@media print {
    body {
        font-family: "細明朝体", "MS P明朝", serif;
        font-size: 10pt;
    }
    .s {
        color: #669966;
        font-size: 8pt;
    }
    form {
        display: none;
    }
}
@media screen {
    #left {
        float: left;
        width: 24%;
        overflow: hidden;
    }
    #right {
        float: right;
        width: 24%;
        overflow: hidden;
    }
    #center {
        float: left;
        width: 50%;
        border-left: 1px solid #000066;
        border-right: 1px solid #000066;
        overflow: hidden;
    }
}
@media print {
    #left {
        display: none;
    }
    #right {
        display: none;
    }
    #center {
        width: 100%;
        overflow: hidden;
    }
}

全体はこちらです。

もしよろしければ印刷プレビューでも見てやってください。そんなに奇麗にしたわけではないですが、screen 用スタイルそのままよりはマシかな^^;。なんだか IE の印刷プレビューだと表示直後は真っ白になるな…倍率変えると表示されるけど。実際に印刷して試さないとだめかな^^;。どうやらレンダリングが遅いだけみたいです。

なぜこれをしようと思い立ったかと言いますと、木村剛さんのこの辺を以前見た時から少しだけ引っかかっていたからです。

 というのは、気に入ったトラックバックはプリントアウトしてじっくり読むようにしているんですが、なぜだか分からないんですが、ココログではないブログの場合、私のコンピューターでは、本文が印字されないことがあるのです。

いやぁ、最近影響されてきてます^^;;。以前から印刷して読みやすいとは思ってなかったですが、どれくらいの人が印刷するかなぁ、とも思ってたわけですが。私がどうかはともかく、木村さんの記事にトラックバックをよくしている皆さんは、木村さんに読んでいただくためにやってみては?^^; という意味も込めてトラックバックしておきます。

(追記)
結局上記からさらにいじくって、記事だけを出力するようにしました。CSS 全体の方でチェックしてみてください_o_。テンプレートをいじって印刷時に出したくない部分は div class="neverPrint" にする、など。ついでに月別アーカイブを記述順に並べるようにしました(※)。これで、月別アーカイブを印刷するとなかなかよさげな感じになりそうです。
記事単位の改ページも入れようと思ったんですが、widows/orphans が全然サポートされてないので、奇麗に切るのが難しいのでやめました。

※date-based-archive テンプレートの MTEntries 要素を <MTEntries sort_order="ascend"> のようにします。

…5月いっぱいでココログプロをやめる予定なのにやけに逃避を-_-。一月くらい伸ばしてもいいか…^^;。

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正当と不当

最近の私の興味はここにあったんだなぁ、きっと。
「批判と中傷の区別」のテーマでもそうだけど、価値基準とか「リベラルって何?」とか。
そして、ずっと思っていることは、

いつも一部の人の悪い行いの方が目立ち、悪い行いの方がレッテル化する

ってこと。「悪い行い」は「悪い側面」とさらに一般化することもできるけどどんどん当たり前な文章になるからこんな感じで。人間として普遍的なことなんだろうけど日本では特にそれが顕著らしいという話もそこかしこでされてますね。その辺は「褒めず、叩く文化」があるのかもしれませんが、定量的に観測してる所はあるんかいな…。

レッテル視を指摘して、該当しない人を擁護したって全体としての評価の流れはほとんど変わらないのが現実。
この記事で言っている「悪い側面の過剰なレッテル化」だって、そうなるまいとする人も当然多数いるのに、全体としては変えようの無い事実であり、これからもまだまだ変わらない。「変わらないだろう」というレッテルが嫌だから「変えたい」と思ってるけど。

「自由の意味を履き違える輩」と、「考えることができない人」がこのスパイラルを後押しするんだよなぁ。「自由」を求める人の中に、正当な自由と単なる我が侭を求める人がいて、我が侭だけの人と、我が侭な人の意見ばかり見えてしまう人のせいで正当な自由まで要求できなくなってしまうような構図。

そうそう。最近まで知らなかったのですが、東浩紀さんの「動物化」というキーワードは、この「考えることができない人」のことを言っているらしいですね。

週刊!木村剛: モノ書きの老婆心:「匿名性」を護るために
に感銘を受けて独り言。当然この話題だけではなく、Winny の件や人質事件や、その辺のネット上にいる大きなお子様との対話なども踏まえて。あ、リンク先に関する言及は実名/顕名/匿名の得失にも追記してます。

(追記)
まだ見てくださる方が当分いらっしゃりそうなので、ここに追記します。
スパイラルという所だけに反応してですが、こういった構造について、
圏外からのひとこと(2004-05-17):いまお互いの信用という面で負のスパイラルに落ちっていると思うよ日本
という言葉が。注:言葉を発したのは名無しさんです。
是非、リンク先まで見に行ってみてください。

あと、「自由を履き違える」に付いても付記します。
このような文脈での「自由」は、「不条理な規制/強制からの脱却」を意味しています。「自由」を「何をしてもいい」という意味に捉える方がいらっしゃいますが、それが誤りということです。「言論の自由」は何を言ってもよい、という意味ではないでしょう。「言論の規制は許されない」という意味でしょう。同義のようにみえますが、ニュアンスの違いが解りますかねぇ?「自己責任」の俺様定義でも触れたけど、自分を許したり、他人を糾弾するために用いる言葉じゃないと思う(思いたい)わけです。

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2004.05.12

リンクは「ここにあるよ」と言っているだけ

うわっ。興味を持ってみているだけに見過ごせない^^;。きっとたくさん同様の突っ込みが入ると思うけど。

ここで悩ましいのは、ネット上における「リンク」と「転載」の違いです。おそらく「リンク」というのは、出版物で言えば、「○○参照のこと」という参照文献の明示ということにあたるのでしょうが、ネットの場合ワンクリックでそこに飛んでいくことができてしまいます。つまり、現実的には「転載」していることと同じ行為(「転載」≒「リンク」)なんです。

「つまり」の先へのつながりが無根拠でぶっ飛びすぎてますー。ワンクリックで飛んだって言ったって、「あそこにあるよ」って指差したところへ行っただけみたいなものなんですから、まったく転載にはあたらないですし、当然「引用」よりもさらに軽い意識でよいと思います。木村さんの考えの背景としては、自サイト内リンクとサイト外リンクが、文章だけ見ていると区別が付きにくいといったあたりが関連しそうですが、web においては、URL が「その文書が属しているのがどこ」であるかを明確に示しており、それが著作者を示す第一の指針であることは既に共通認識と思います。アドレスバー重要。

木村さんがこの記事で言わんとしていることは、「出版にあたって読者の意見もたくさん掲載したい」そして、「出版物は、週刊!木村剛に記した内容をベースにしたい」ということと思っています。出版物では「リンク」が張れませんしね。

そのために、「引用」の範疇を超えた「転載」に近い他の blog 記事の掲載をみんなに何とか了承してほしい、ということと思いますが、そのことを明示して、あとは先日津村さんの記事に対して行ったように、「準転載」であることを断って実行してしまえばよいと思います。クレームが来たら直します、ということで。
だから当然「リンク≒引用≒転載」などという必要はないわけですが、例によってこういった反応を引き出すためのツッコマビリティ(≒釣り)なんでしょうねぇ^^;。

「準転載」はトラックバックを送られた記事に限定し(当然、引用はどれに対してもかまわない)、週刊!木村剛へトラックバックするということは、将来の出版にあたってその記事の比較的多くの部分を転載する可能性があることを断っておくのがよいのではないでしょうか。また、準転載を行使するのは特定の趣旨の記事に限定(既に明言されていますが、「BLOG of the Week」のことですね)し、読者に自分の記事が準転載されたかを見つけやすくする必要もあると思います。

他の blog の意見も出版に含めたい場合の指針のひとつとして、似て非なるものですが関連することとして、枡野浩一さんの枡野浩一のかんたん短歌blog: 短歌投稿のお約束のように、(特定記事に)トラックバックしていただいた記事内容の著作権を譲渡することを読者に約束させる、といった話題がありました。この件の場合は短歌ですからどう考えても引用と言うのははばかられますもんね。

あ、ちなみに私の場合、出展さえ明示していただけましたら、引用の量はまったく気にしないですー。

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Winny のようなソフトウェアを作成すれば逮捕されます

と、煽りタイトルで行きましょう。ただし、「Winny のような」とは、「悪用が容易に想像できるのにそれを抑止する何らかの対応を考えなかった」ということです。P2P だからというわけではありません。普及したかしなかったかは実際の被害に直結するので、作者にそれが予測できるかはともかくとして、影響してしまいます。SoftEther あたりもそこをきちんと考えないと危険です。いろんな観点から何度も言っていますが、道具は使う人しだいだからといって何を作ってもいいわけじゃないんです。

なお、私は Winny 作者の理念には賛同しています。SoftEther に関しては微妙^^;。ここここに書いたように。

この話題、スルーしようと思っていたのですが、essa さんの文章に共感&興味を惹かれたので記事にしてみました(IT関係だし当然もともと興味は持っている)。あ、でも今記事書いても既に何も新しい視点はないか?^^;

理念とは、良いコンテンツを作成した人が、そのコンテンツを評価する人からその評価に見合った報酬を受け取るべきだということです。良いコンテンツを創造した人がむくわれるシステムがあれば、それにはげむ人が増えて、社会全体として創造されるコンテンツはより豊かなものになる。このことは、技術の進歩と関係なく、常に尊重されるべき立派な理念です。
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彼が提案する代替案とは、P2Pネットワークによるコンテンツの流通と、デジタル証券システムによる対価の支払いです。彼は前者については、プログラムのレベルまで具体化して提案し、後者について概念モデルを提示しています。どちらも現行の技術で充分実現可能な提案です。

ほとんど essa さんと立ち位置が同じなんですが、幇助(厳密な幇助の定義にあたるかは微妙だけど故意に犯罪を助長した)の罪を問うのは妥当とする立場です。法律上の罪かどうかは私には判断が付きませんが直感的には逮捕に相当する罪ではないかと思っています。
携帯電話のカメラの場合、悪用が容易に想像できるため、シャッター音などの防衛策が盛り込まれましたが、Winny は悪用の可能性どころか、悪用が主体になりそうであることすら容易に想像可能なのに、作者側がそれを抑止する手立てをなんら講じていませんでしたから。そのあたりで「意思」について問われると思います。
ただ、もちろん真意は理解できまして、「毒を放たないと分からない」ってやつですね。47氏は完全に確信犯です。鳥と卵の選択をした(※)。そして、罪を被ることも辞さずに行動を起こしたんです。たとえ逮捕されてもそれによって多くの人がこの問題を考えるきっかけになるなら、くらいの気概だったのではないでしょうか。

※悪いとされることを悪いことでなくすためにまだ悪いことじゃなくなっていないのに悪いことをした。

何らかの実効性のある悪用防止策が入っていれば、罪にはならないと思いますが…そこまで詳しくは知らないです_o_。あるいは、「デジタル証券システムによる対価の支払い」のほうをもっと前面に出すことができていれば、犯罪助長の面は軽視されていたでしょう。しかしそれを認知/普及させるためには…というわけで、鳥と卵です。

罪は罪として何らかの形で償い、そして早く次の研究フェーズに移られることをお祈りします。
上記の気概から行くと、逮捕によって P2P 流通が萎縮したら 47氏の本意じゃないでしょうね。まさしく革命を起こしたかったわけだから。コンテンツキー配布/更新サービスみたいなのが構築されて、コンテンツそのものは P2P 流通とかすればいいような気がするけど。あるいは 47氏の希望は投げ銭システムか…。どうなんでしょうね…投げ銭。ビジネスまで行くかどうか…。

参考:
arai blog: 金子勇氏を支援しよう
muse-A-muse:Winny事件を受けて  ヴィント・サーフの銀河系は縮減する...のか? 他のご意見へのリンクも挙げてくださっています。

似て非なるものとして、office さんの事件がありました。私は氏の大義名分はかなり怪しいと思ってます(追記)うわっリンク間違ってました。こっちです_o_。別に人柄が嫌いとかいうわけではないけれど。本当に慎重に脆弱性調査や報告をしている方にとって、かなり害となる行動でしたから…。でも、office さんも愉快犯的側面の行きすぎはあれど、貴重な人材であるとも思いますが。

おっと、当然ながら、某雑誌なんかは当然のごとく罪を問われてしかるべきと思いますけどね。
そして、例によって、報道の論調はあほなんでしょうけどね。見てないけど。

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2004.05.10

村田真さんの blog

日本での XML の第一人者、村田真さんのブログをはてなダイアリー - 揮発性メモ経由で見つけたのでご紹介を兼ねて~。

それに、blogははっきり言って読みにくい。自分が追いかけているblogはほんの僅かしかない。上にあげたメディアのほとんどは、あるテーマにもとづいて整理されている。しかし、blogは玉石混交である。どのblogを見ても、興味のない話題は多い。私が追いかけているblogもその例外ではない。blogを読むのは、賢い時間の使い方かどうかはたいへん疑わしいと思う。

あぁ、すごぉく共感します^^;;。興味深い記事もたくさんあるわけですが、特定多数の人を追いかけだすと、誰しも常に自分の興味にマッチする記事を書くわけがないので、(ほんとは全部読みたくても)時間が足りない身として読み飛ばし/未読溜め込みするわけですが、読み飛ばしする時間を合計するといったいどれくらいの時間が費やされているのやら、と^^;。
最近はブログを見るほうも割り切りつつありますけど。当然、このサイトを読んでいただいている方にも無駄な時間を使わせてしまっている面も多いでしょう_o_。

あまりに高いハードルである。文書を書きたいだけの利用者が、スキーマの手直しまでするだろうか? スキーマの手直しをする人を確保するのもよいが、無料という訳にもいかないだろう。それにスキーマをいじれば、スタイルシートもいじらないといけないのである。ああXML文書編集はあまりに難しい。

スキーマに僅かな制限があって自分の表現したいものが表現できない場合、Relax であればスキーマの手直しも楽になっているが、だからといってコンテンツ担当者がスキーマを手直しする、というスキームでは普及は無理だ、というお話。RDF なんかは description 部分には全く制限をつけていないから普及しましたが、文書のメタ情報部分以外=コンテンツボディ部分までスキーマを適用しようとすると、必ずといってよいほどこの壁に当たるように思いますね。SOAP 等、インターフェイスを繋ぐ対象が双方ともコンピュータであるドキュメントであれば問題になりませんが。
インターフェイスに情報を投入する側とインターフェイスから情報を取得する側の非互換。興味深いです。
もちろん、テキストとしての編集のしにくさと妥当性維持が面倒であることもですね。以前 XML-users-ML で話題になっていた終電問題ですか^^;。

一才七ヶ月の長男の暴力に悩んでおります.絵本を読めと要求し、こちらがすぐに読まないと絵本の角で顔を殴りつけます(これがまた痛いんだ).メッとにらむと、大粒の涙を流して泣くので、あやすために結局絵本を読む羽目になります.今日は,寝たふりをしていると、顔を思いっきりひっかかれました。

うちの娘は家族三人で寝てる時がもっとも暴力的です…。足癖悪ぃよ-_-。

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2004.05.08

実名/顕名/匿名の得失

批判/中傷関連のテーマが書きかけのままですが、津村さんの記事を木村剛さんが紹介する形でネタふりされたのをきっかけに、元々書きたかった表題の整理をしてみようと思います。整理といっても思いつくまま特徴を書きつらねているだけですが_o_。そういう意味でほとんどの場合に様々なソースにあたって記事を書かれるお二方には感服します。

(追記)Books by 麻弥~ News Collector ~Old 00000028~で紹介いただいている麻弥さんは「筆名」という用語を使われています。私はこの記事で「顕名」と表記していますが、この用語は「匿名でないもの」位の意味であり、本当は実名も含まれるので、筆名と記すべきだったかな、と思っております_o_。

実名(捨てることのできないアイデンティティ)

  • リアルでの評価に直結する
  • リアルでの評価がネットにフィードバックする(集客力などの面で)
  • 会話相手に安心感を与える
  • 情報の出力に規制がかかってしまう
  • 意見の表明に自制がかかってしまう
  • 追い込まれると黙るか壊れる(キレる)傾向 → いずれにせよあとに響く(ほんとは謝ればいいだけだけど)
  • 様々なレッテル被害を受ける
  • 自分が実名であるが故、匿名者を特にレッテル視する傾向
  • 品性を過剰に問われる
  • (追加)細かい部分まで主張し辛くなる(余計な揚げ足取りを避ける心情)
  • (追加)恥をかくことへの恐れからの労力負担(慎重にならざるをえない傾向)

顕名(いわゆる固定ハンドルと思ってください)

  • ネット上だけでの知名度で、自己顕示欲を満たすことができる
  • 大抵のことは言うことができる
  • 人格を詐称することができる
  • いざという時にリアルのアイデンティティに結びつけることができる
    • ネットのアイデンティティが評価されていたら、それをうまく結びつけることで特定のリアルの交渉ごとを有利にすることができる
    • ネットのアイデンティティそのものに対してオファーが来ることがある
  • いざという時に捨てることができる
    (そのネットでのアイデンティティが捨ててよいアイデンティティであれば)
  • 得体の知れない人というレッテル被害を受ける

匿名(その意見だけ)

とりあえずこんなもんで。書き足したり配置など調整するかもしれませんです(特に匿名の特徴は全然書き足りてないです_o_)。

ま、つまりは顕名というのは最もお得、言い替えれば卑怯な手段かもしれませんね^^;。どの手段にしても実際に得するかどうかは個人の資質次第なんですけどね。生産的なことを何もするつもりがない人にとっては匿名が最もお得でしょう。逆に言うと、実名でネット活動を行おうという場合は、大抵は自分が信じる生産的な何かをやろうとしています。確信犯(※)となる場合もありますが:p
※受け入れられるかどうかはわからないという意味ですね。
根本的には、実名の特徴に挙げたとおり、リアルでの影響力を上げたい場合か、リアルでの影響力を持ち込みたい場合、ということになり、それをやっかむ人がいて、そういう人が実名という行為自体を理由に攻撃するケースも多く、そしてそれは中傷と判断されることも多かったりするんですが。そういうのは感性の違いなんだからいぃじゃなぁ~ぃ?(by 波田陽区…ではないな。残念っ!)とか思う。


あ、自分の立場ですが、私は本名同然です。一応本名は木下信といいます。当初はちょっとした引っかかりがあって(実は今もあるのですが^^;)、ここから自身の web ページへ辿れないようにしたりしていたのですが、そろそろ自ドメイン上にサーバ引っ越しも考えていたりするので、いずれにせよリアルのアイデンティティに結びつくようになります。いくつかの関係者の方にすみませんしないといけない(と思っているだけで実行できていない)ことがあるのですが…^^;
(追記)本名はまぁ、お二方に対する敬意みたいなものとして書きましたが、私個人の感性としては、名を明かすかどうかはどうでもいいと思っています。実名の所に書いた「匿名者を特にレッテル視」することを嫌う立場です。もちろんいわゆる実名派の方が匿名について述べる時、常にレッテル視しているとは思っていないのですが、「匿名」と一般化して語る時に得てして「レッテル視」と読まれてしまうことを危惧はします。もっと言うと、こちらが実名でなければ主張を丸ごと無視するような人は願い下げですので、実名は知りたければ調べれば解る、程度にしか出さないと思います。


さて、今さらこういった整理をしようと思ったきっかけは、実は以前津村さんの記事の中に興味深いことが書かれていたからでして。あまり具体的事象と結びつけられたくないとのことでしたので、場所も特定せず引用ではなく要約にて。

実名と匿名の議論においては、一見互いが誠実に対応していたように見えて、実名側が非を認めざるを得ない場面で突如「匿名が相手だから」という理由を後付けして議論を打ち切ろうとする=実名側が不誠実な対応をすることがある。

という話です。つまり、実名側の方に逃げ道を与えてしまっているから匿名は損である、と。大変興味深いですね。ここで実名側は弱者と考えることができます。そして、この構図は弱者に与えられる権利の濫用に他ならないと思います。

このようなことが実際に起こった場合、ほとんどの場合はそれを見た人は「(実名側が)議論に負けて逃げた」という印象を持つと思うので、現実には実名に有利なことはほとんどないわけですが、そんなことはしていなくても、あとに述べるように中傷やずれた論点を無視しただけで「議論に負けて逃げた」と思ってしまう人も世の中には結構な数いてしまうのが厄介ですね。批判と中傷の区別、あるいは「論点」を見定めることができない人。私は今はそういうのは「勝手に思っておいて」で済ませますけど。

他にも断片的に気になっていることはたくさんあるのですが、まだ整理はつけていないです。整理とは分析という意味であり、自分のスタンスは既にある程度明確ですが。

さて、木村さんの記事やそのトラックバック、および津村さんの記事群を読み返した中でいくつか気になる箇所を挙げてみます。

以前、とあるメーリングリストで、実名で発言している人の本業での仕事ぶりや人間関係などの誹謗中傷を、匿名で発言し続けた人がいました。そんなとき、実名発言している人がどんなに理路整然とやりとりしても、絶対に負ける。

注:実際の引用元はハンドルネームと匿名。ネットではどちらという所だそうです。

「負ける」ということにはならないと思うんですよね。私は論点と無関係な所をつつかれても議論には影響しないと考える人です。どちらかというとそういうことを言い出した人たちのダメさ加減が浮き彫りになる。ただ、匿名の場合、「言い出した人」を人とみなすことが困難であるケースがあるわけですが、言われた「実名の人」の評価や議論の有利不利に影響があるわけではない。本来は…。

問題はこれを「負ける」と思ってしまう、あるいはこれで「勝った」と思ってしまう人々にあるように思うわけです。大きな声(※)しか見ない人々。

※嘘でもインパクトのある内容、とかのことです。マスメディアが得意ですね:p。マスメディアに流されるタイプの人々、と言い変えることもできるわけだ。

問題だけれど解消はし得ない問題ですけどね。せめて啓蒙はしていきたいものです。

匿名性というセーフティネットの中で許される言論の自由とは如何なるものであるべきなのか、あるいは、匿名の方はコミュニティを壊す権利を持っているのか

他の方も突っ込まれていますが、「権利」はないですね。あるいはその行為も権利であるとするなら、「権利」と「権利の侵害」は表裏一体ってことで、コミュニティを継続する権利を侵害する権利は認められない、と。

権利と自由の違いって何だっけ?と思ったけど、あんまり明確に違いを定義している所が見つからない…。こんな感じですかねぇ。

両者の違いは何かと聞かれたら、どう答えるだろうか。なにか気づくことはないだろうか。そう、自由の方が権利より人間の内側というか身近というか根源的というか、とにかく空気のように必要なものだ。何かを考えることを強制されたり、何かを表現することを制限されたり、神や仏を信じることを強いられるはたまらない。こんな当たり前のことが「自由」として憲法に保障されているのだ。

私的には「自由は与えられなくとも存在するもの、権利は他者に認められて存在するもの」といったニュアンスを感じます。ただし、自由は当たり前に存在しても、その結果責任は付きまとう、と。

権利と自由関連でもう一つ。

「勿論、自分の下した判断に対する責任は自分で取る。しかし、与えた命令を正確に遂行する責任は相手にある。」ですが、この言い方は筋が通りません。自分自身の取る責任には自由が伴っています。ですが、命令された相手は一方的に責任ばかりを負わされています。これは命令者の単なる我が儘です。

ふむふむ、我流「自己責任の原則」はこれですな^^;。話が与太ってきたけど、部下に自由を与える責任者って大変ねぇ^^;;。でも、それこそが組織をうまく回らせる秘結だったりするからこれまた大変。

ちょっと戻して、「自由に付いてくる責任」を放棄する手段として匿名が利用されるのは確かなわけですが、匿名の公益を再度考えてみると、「発言に責任を持つほど思考/言語を駆使する余裕/能力が無いが、感じたことを表明したい」人は多数存在します。そういう人たちに権利を与えた。そしてそういう「一部の強者以外の意見」を見ることができるようになった。告発可能性/現場の声といった話ももちろんありますが、これは今回の問題とは関連しないので置いておいて。「思考/言語を駆使する余裕/能力が無い」人はそれができる人と比較すれば「弱者」ですね。さぁ、またでてきましたね。「弱者に与えられる権利の濫用」が。このテーマ、muse-A-muse:儀礼的無関心と「ウザイ」の幼稚性の記事で見て注目していたのですが、その後、圏外からのひとこと(2004-04-21):弱者の特権を権力として濫用する者として記されているのを見て(議論沸騰してますね^^;)、好んでこの表現を使ってます_o_。私的定義としては「弱者への同情や救済を悪用する行為」ですかね。

実名=弱者
実名でものを言えるほど議論に達者でない人=弱者
匿名=強者

ですか。自分は議論も文章も達者でない人で、弱者と思っていますが、特権を過剰に使いたいとは思わないし、自分以上に弱者に相当する人もいっぱいいるだろうと思っています。

いやぁ、書いてるうちに(いつものように-_-)論旨がぐちゃぐちゃになってきた^^;。この辺にしとこ…。

ところで、人に何かを伝えたいという場合、伝わりやすさの尺度の一つとして自身のプライバシーをどれだけだしているか?というのは絶対的に存在します。津村さんがテーマにされているのはそのあたりですかね。その話題はまた別途触れたいところです。

(追記)

自分の主張を全て知ってないと反論すべきではない、ということになっているらしい。

あちらのコメントにも書いたんですが(向こうでは向こうの場に合わせた書き方にしてた)、トラックバックが来ていたことに気づいたので追記&トラックバックを。
この記事では純粋に匿名/顕名/実名をテーマにしているので言及しませんでしたが、元の木村さんの記事にある上記のような主張は、確かに受け入れがたいです。私は「匿名」をテーマにしたネタ振り記事だと勝手に解釈していたので例示の部分は度外視してましたが、切込隊長さんの言うような「中傷ではなく批判として妥当である」という部分は本来最も重視すべきと思っています。ただ、木村さんが例示された匿名コメントは、それだけから根拠が読み取れない多数の人にとっては中傷にしか見えませんので、木村さんの「事実を踏まえた上で主張してもらいたい」という主張を一方的に非難は出来ないですね。「なぜありもしないネタと思うのですか?」という言い方ができればベストと思いますが、匿名者、且つ他人のコメント欄の発言を相手にそれを述べるのもやりにくい気もしますからねぇ。

さて、私は木村さんの記事を「匿名」をテーマにした記事である、と解釈したので、その観点に立つと、引用した記事中で述べれられていることは、そのテーマから外れた論点である、ともいえます(別途話題にして欲しいとは思いますが)。そうすると、今回の隊長(と書く方がやっぱ楽だな^^;)のツッコミは今回のテーマとしては「無視」され得るツッコミだなぁ、と思うわけです。

ある人が話したいと思っている論点に紐付けて自分の言いたい論点を述べるのは相手に逃げ道を与える結果になりやすい、と思ったりする。
(追記)コメントに書いた件も踏まえてさらに。主張の枝葉とはいえ他人に失礼な行為をしたことを指摘された場合、当然それに責任を持って対応する必要があるでしょうね。ただし私は今回の場合は、元の匿名者は根拠を示さず、しかも木村さん本人に向けずに言っており、その点について批判することは一方的失礼にあたらないと思います。

それはそうと、長文が嫌いそうな(と勝手に思っている)隊長がこの記事を読んでトラックバックしたというのがある意味すごい。読んではいないかもだけど^^;。

(追記)どうも木村さんへのトラックバック記事群の中には、「批判/中傷」を区別なく「自分の意見への反論」とみなして「過剰反応」と述べたりする論調が散見される気がします。批判なのか中傷なのか、言い換えると上述したように「根拠があるのかないのか」は最も重要視しなければならないです。批判と中傷をいっしょくたにしてその対応を語ることはできません。また、批判であるか中傷であるかは発信者が決めることではありません。そして、今回例示された匿名の方による発信は「中傷」でしょう。隊長による補足により「批判」足り得ましたが。

また、木村さんや津村さんは論点において「中傷」を前提にしています。そのことが伝わらなければミスリードになりがちなわけですが。自分の記事もどう読まれてるもんだか^^;。まぁ木村さんの例示された「中傷」が匿名ゆえに起こったことではないことは明らかではありますが、元々津村さんが述べているのは、主張と無関係なはずの「相手が実名であるが故の先入観」「相手が匿名であるが故の先入観」が会話/議論に与える影響についてです。木村さんが本筋からずれた具体例を出してしまった結果なんですかねぇ…。元のテーマには影響しないのに。こうやって「細かい部分まで主張し辛くなる」わけですね。

おっと、今見たら木村さんの新しい記事が。
週刊!木村剛: ご批判はできれば直接私に対してお願いしたい
そうですね。あの例示は木村さんを中傷しつつ、結局は中島さんが好きでやっている行為を他人への中傷でもって非難しているようなもので、それを問題視するのは当然ですね。この点は津村さんもそういった主張をされていましたし。「匿名」であるかはあまり関係が無いですけど^^;。

木村さんの論理展開に関して疑問視する声などもあるようで、今回のテーマと例の結びつけ方などはまさにそういうことになってしまったように思いますが、木村さんは誠実ですね。論理展開云々は「人は間違えるもの」なんだからそんなことはあって当然。指摘を受けてどう対応するかが重要ですね。

「あんな行為はカッコわるい」という世論を再確認する機会として利用なさったのではないか。

あぁ、ツッコマブルな記事に仕立てあげたわけですね。まさしく^^;。「匿名」への強引な結びつけに関しては狙ってるともとれますね~。:)
それでも、「自著を読んでから批判」の部分はちょっと穴になってしまったなとは思いますけど、全体としては些細なことですねぇ。

(追記)
週刊!木村剛: モノ書きの老婆心:「匿名性」を護るために
あぁ、これは素晴らしい文章。連続した記事群としてみると論点がずらされたように見えますが、この記事単体はツッコミどころがないです^^;。木村さんの論点は最初からここにあったのかもしれませんが、元の記事からは少々読み取りにくかったですね^^;。
要約すると、「匿名だから中傷したって逃げられるという幻想」に関する話なわけで、これは私も含めて思っている/主張されている方もたくさんいらっしゃったのですが、これほど説得力のある、別の言い方をすると心に響く文章は見たことがないです。きっと話題になりますね。

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2004.05.02

釣れた

琵琶湖にて040502_0554.jpg

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