« 人気ページ一覧/リンク元一覧表示機能公開 | Main | おぉ、倦怠期だなぁ »

2004.03.02

なぜ議論はループするのか:blog の場合

メタブログ。めっちゃ感想文レベルだす。タイトルはこちらよりパクらせていただき~の_o_。

はてなダイアリー - acidMansoの日記
から辿らせていただいた、こちら。
s0s_bl0g: 内職

前者では「繰り返される自己言及」と称して、メタブログ記事をピックアップしていらっしゃるようです。意図はよくわかりませんけれど。後者の論文では、やはり自己言及がなされることの他に「歴史性の欠如」、すなわち過去の議論がおろそかにされたまま議論されている、と分析されています。だから「自己言及」が「繰り返される」と。

blog という形態では議論の末尾を追うのが難しい上、合意を得て完結する議論がほとんどないのですから、繰り返されるのは当たり前です。過去の議論に習うという点においては一極集中型のコミュニケーションツールの方がいくらかマシなんですから。
参考:何故 blogger は blog 上で議論するのか?

切込隊長BLOG ~俺様キングダム: 議論はループする、何故なら当事者でないからだ
では、「2ch でも nifty のフォーラムでもループは発生していた」とおっしゃっておられますし、全くもってそのとおりなんですが、平行線ではなく、一定の落とし所があるようなケースに限定した場合でも、blog は一層過去の歴史を掘り起こしにくいと思っています。

過去に議論がなされていた。どこで?で、結論は?

blog でなされた議論で合意の取れた結論のあるものなんていくつあるんでしょう?
意見はどんどん多数に膨れてゆき、結論は個々の閲覧者毎に異なります。

様々な意見を見て一定の見識を得たことで収束するのが、このツールの上ではごく普通の姿に思えます。そして、それを鑑みずに同じテーマの議論が沸き起こるのも。
後にふと同じテーマについて思いついた人が、以前の議論のどこに結論があるのか見つけにくい中で、きちんと議論の流れを追って全ての意見を参照してから言及するなんてしてたら記事、書けませんし。

それどころか、結局平行線で終った議論について、同じ観点で誰か(下手したら前回議論したもの同士だったり)が自分と異なる見解を表明したら、前回と同じように噛みつく、ということも発生します。まぁこの点は blog 以外でも全く同じことですけど。

blog の場合、何しろ leaf やまとめがどこに存在するのかが見つけづらいです。

2ch のことが評価されていましたが、2ch はまさしく論文でも触れられていた通り、ボランティアでまとめを提供することにコミュニティ自体が力を貸しているような所が強みですよね。blog はそういう強制力のようなものは比較としては希薄に思えます。

blog での議論のたびに作ってくださっている Wiki のリンク集、よいですよねぇ。ただ、やっぱり結論は見つけにくい。
この辺に差が出てくるのは、リンク集を作った人への感謝が不足してるのかもしれませんね。
2ch でボランティアが精力的に動く空気は、特定の権威による賛辞ではなく匿名のいわば大衆による持ち上げ力が大きいように思います。この力をうまく活用できれば人間は大きな仕事ができるようになる、という気がします。いかにも難しそうですが^^;。


ところで、後者の論文は blog が広まりだしてから現在までの歴史を詳しく記してくださっています。特に興味深いと思ったのは、当初の blog は Geek 層の物であったがゆえ、いわゆる一般層というか、まさしく日記程度に考える人が流入してきて報道的価値が弱まり、「ダメだこりゃ」(ほんとは「このままいくとよくないねぇ」程度です^^;)という流れになったという部分。

fj なんてものがありましたねぇ。The InterNet もですか。

もう、これこそ「繰り返される自己言及」そのものですねぇ。


あと、東浩紀さんがはてなダイアリーの「内輪化」議論に関して、「なぜ人々ははてなは内輪化していると言いたがるのか」とおっしゃった件についても触れられています。論文の主旨から外れますが、これ「評論家になりたい人」がいっぱい、って事ではないかなぁ、とか思いました。で、私は「評論家は自分ではできない人」と考えているので、それはある意味多くの人が「自分ではできない人」である事を暗に自認した結果と言えるかもしれないなぁ、とか思ったり。なんか再認識した気分。

なお、私はここにも書いたように、できた「評論家」は、評論対象を十分に尊重した物言いをすると考えていますので、ここで言う「評論家」は似非評論家なんでしょうけれど。でも似非評論家を評論する際には別に尊重する必要はないと思います。まぁそうやって水掛け論が生まれるんですけど。
水掛け論にならない唯一の方法は、批判ではなく提案すること、と私は思っています。

あぁ…自分が今メタ話している時に書くのもなんですけど、こうやって考えてみればみんな meta、好きなんだなぁやっぱり。そしてそれは、似非評論家になりたい=自分の実力がないことを認めたってことなんだなぁ。ある程度の割合の人に関しては。
改善の具体的提案ができれば、それはすでに似非評論家じゃないでしょうけどね~。

(追記)
素晴らしいリンクを教えて(?)いただきました。こちらです
woods' wiki - Web日記は議論に向かない?
ウェブ日記で議論はできるか - StarChartWiki
あぁ…この頃は Web 日記なんてほとんど読まなかったなぁ…。
後で読んで興味深い内容があったらまた追記します。

|

« 人気ページ一覧/リンク元一覧表示機能公開 | Main | おぉ、倦怠期だなぁ »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference なぜ議論はループするのか:blog の場合:

» どれだけの人に読まれているかではなくて、どんな人に読まれているか [The Electric Womb]
 その昔、某世界最高の発行部数を誇る日本の新聞社のWというえらーい人が、これもアメリカトップクラスの発行部数のニューヨークタイムズの偉いさんと対談したときこう言... [Read More]

Tracked on 2004.03.04 09:02 AM

» 古い記事をどう生かすか? [philosophical]
古い記事へのトラックバック/古い記事からのトラックバックに関連するネタ。 なぜ議論はループするのか:blog の場合 [Read More]

Tracked on 2004.03.06 01:44 AM

» 思い込み(=レッテル)と批判と紛争 [philosophical]
以前 MyClip もした記事「ブログとネットの心理学」に関して。 EP end-point: ブログとネットの心理学 公開で何かを記すことは自己説得の効果を持つ。  この意見には異論もあるかもしれな [Read More]

Tracked on 2004.04.15 02:33 PM

« 人気ページ一覧/リンク元一覧表示機能公開 | Main | おぉ、倦怠期だなぁ »