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2004.02.08

「権利」と「権利の侵害」は表裏一体

儀礼的無関心関連のコメントの中から、もやもやしていた部分を晴らしてくださる一文が。
[はてなダイアリー - 明日の読者]

確かに「公益」を満たすためにはそれぞれの個人がそれぞれ折り合いをつけなければならないでしょう。しかし、それならば「儀礼的無関心」は成り立ちません。関心を示し、覗き見、冷笑を加える者の「権利」も、それを希求する権利を認めるとすると、少数のヒトに関心を示して貰い、覗き見は勘弁してもらって、自分の文章に冷笑される事を厭うヒトの「権利」は侵害されます。常に権利と権利の衝突と調整が起きるだけになってしまうじゃないですか。簡単な論理矛盾ではないか?

経緯はこちらを見るのがよいかと思います。

なんだ、誤用だったのか>儀礼的無関心
にも書いたように、そもそもここで議論されている問題を「儀礼的無関心」と呼んでしまった事が問題なんだけどそれは置いておいてっと。

「覗き見する権利」はあるが「見られたくない権利」もある。「リンクする権利」もあるが「リンクを拒否する権利」もある。「赤裸々なことをWeb上に書く権利」もあるし「それを見たくないと主張する権利」だってある。「サイトを畳む権利」もあるし「見たいと主張する権利」もある。すべてのことについて「主張する権利」があるし「聞かない/拒否する権利」もある。

何らかの権利を行使した時にはほぼ全ての場合に他の何らかの権利を侵害している。
すべての権利を守るのは不可能なので、「守られるべき権利」というものが生まれてくる。

誰のどの権利が守られるべき権利なんでしょう?
この問題に限らず、常に意識したいものです。

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